うさ月の始まり。のようなもの。
冒頭部分はヒナオさんの管理人様がうpされていた漫画の一ページをほぼそのままお借りしております。
そのあとさらに漫画化して下さいました!→ こちら 

ひろいもの


(あー頭痛ぇ……ガンガンするわー)
 二日酔いなんて当たり前だけど、最近じゃ酒なんて呑む余裕もなくて大分ご無沙汰していた。親の七光りとか言われて入った軍隊も、アイツのせいで訓練はキツくてやってられねぇ。とは言え、周りから見下されるのが嫌で放り出すわけにもいかない。最後に女を抱いたのも、もういつだったか忘れちまった。たまったストレスを発散したくて、昨日は仲間と一緒に酒場で騒いでみたが、それも今となってはなんだか虚しかった。低い天井に狭い部屋。
 カーテンの隙間から差し込む光は眩しいし、一度目が覚めてしまったからにはもう眠れない。今日は久々の休日だ。かといって、することなんて何もねーわけだけど。
(くっそ……こりゃしばらく続くな……)
 身体を起こしながら、それだけで激しくなった頭痛に閉口する。額に手をあて、何気なく隣を見たとき、俺は思わず固まってしまった。
 見たことねー男が。隣で寝ている。
(……はい?)
 ちょっと待て状況を整理しろ俺。なんだ? 何が起きてる? え、俺何か悪いことしたっけ。俺に恨み持ってるヤツが仕組んだ? って、こんな意味わかんねー報復もあり得ねーか。
 それならば、何故。
 目の前の事実に衝撃を受け、興奮したせいで頭痛はどんどん酷くなっていたが、今思考停止したら下手すりゃ職を失う可能性もある。流石にそれは避けたい。考えろ。考えるんだ。昨日俺は、酒場で馬鹿騒ぎをした。馴染みの店だから、それは大丈夫だ。何か変わったことは? あぁ、そういえば明らかに地元民ではない男が一人、酒場の隅っこの方で楽器弾いたり歌ったりしてて。
「あれ。それってこいつじゃね?」
 いや、だからと言って。それが判明したから別に状況が良くなるわけではないけれど。同じ酒場にいたということは、フツーに考えれば酔っぱらって潰れたこいつを俺が連れ帰ってきたか、酔っぱらった俺を自宅まで送り届けたこいつがそのまま寝たというパターンか、多分そのどちらかだろう。というかこいつの体格からして俺は持ち上げられなさそうだから、2番目の選択肢は却下。どうやら俺がお持ち帰りしたようだ。記憶は無いけれど。
 それにしても、男を持って帰ってくるとは。アイツに素っ気ない態度をとられすぎて、俺もついに焼きが回ったか。
 そんなことを考えながら、何の対処法も思い浮かばないままぼんやりとその男を眺めていると、瞼がぴくりと動き、思わず身構えた。一瞬その表情が不快そうに歪み、ゆっくりと瞼を開く。そのまま、ばちりと目が合った。
「……あ」
「あーども。おはよーゴザイマス」
「……」
「……怪しい人ではありません」
 なーんて言ってみるけど、明らかに怪しいのは俺だ。上半身裸だし。思わずその男の顔覗きこんじゃってるし。俺の家族には縁の無い艶のある黒髪に、濃い色の目。潤んで赤らんだ目元は二日酔いですと主張している。戦いなんて関係ありませんとでも言いたげな華奢な体は、俺と比べたらまぁ確かに女みてーなもんだった。意識の覚醒とともに、そいつの顔が不安と恐怖に彩られていく。良くない兆候だ。サディストじゃあるまいし、こんな状況喜べない。
 とりあえず――こいつは俺の思い出せないことを知っているかもしれない。駄目元で聞いてみることにした。
「ちょっとさぁ……俺、昨日の記憶ぶっ飛んでんだけど。俺たち、何してた?」
 何って――ナニ? 思わず自問自答。問いかけてから思った。お持ち帰りってそういうことだよな? 一緒に寝たし。俺、裸だったし。こいつと子作りに励んだ可能性もあるってこと? 出来てたらどうすりゃいいの? え、なんて言い訳しよう。
「俺さ……お前になんかした?」
「何か、って……」
「いやだからさ。あれだよ。してたら責任取らなきゃいけねーじゃん? やばいじゃん? 子ども一人増えます的な? ちょっと確認するから触らせ――」
「ッざけんな!」
「いって」
 ひ弱な拳が俺の顔面にクリティカルヒットした。痛くも痒くもない。よく考えたら触ったところでわかるはずもなかった。俺を殴りつけきたそいつの手首を掴み、引き寄せて間近で顔を拝んでやる。さっと頬に朱が差し、目をそらしたその仕草を、素直に可愛いと思ってしまった。っていうかこいつ、酒飲んでたんだから成人済みだよな。成人男子を可愛いと思っちゃうとか、どんだけご無沙汰だったわけ?
「っ、放して下さい!」
「いやいや落ち着けって。質問してるだけじゃん? お前、昨日のこと覚えてる?」
「……覚えてません。呑まされて潰れて、起きたら目の前に知らない男が半裸で出現して混乱してます」
「だよなぁ」
「それから……俺、男なんで。子どもは産めません」
「……だよなぁ」
 投げ出すように放してやると、そいつはバランスを崩してベッドに倒れた。ちゃんと服を着ようかとも思ったが、いつものことだし別にここは俺の家であってどんな格好をしてても良いので気にしない。酔い覚ましに珈琲でも入れるかと台所に行き、湯を沸かしていると、後ろからそいつもついてきた。
「あの。泊めて下さってありがとうございます、俺そろそろ――」
「は? もう行くの? 朝飯くらい食ってけって」
「いや、そういうわけには……」
「どーせ暇してんだろ? あんなしけた酒場に来てるくれーだし、大した仕事なんてまだねーんだろ」
「……まぁ、そうですけど」
 あ、図星。不満げな表情に、少しからかってやろうかと思ったが、また殴り掛かられるのも面倒なのでやめておいた。そいつの声は、確かに昨日の夜酒場で聞いたそれだった。素朴で穏やかで。音楽なんて殆ど縁は無いけれど、この世界の汚くてどろどろしたもんなんて見たことねぇんだろーなと思わせる、優しくてムカつく曲だった。気がする。
 やっと湯が沸いた。二人分の俺様特性珈琲を作っていると、何故か背後からそいつの視線を嫌というほど感じた。何だ。何か悪いことしたか。砂糖少な目にしてやろうか。
「……ほら、お前の分の珈琲。ちょっとくらい酔い覚ましになんだろ」
「……どうも」
 あぁ、この甘さ最高。それなのにそいつは口をつけた瞬間、咳き込んで凄い顔で俺を見上げてきやがった。
「……何。お前、砂糖入れない派?」
「そういう次元じゃないでしょうこれ!」
 砂糖の良さがわからないなんて、こいつは人生の半分損してる。残念な奴だ。仕方がないので、そいつのカップを奪って全部飲み干してやった。強烈な甘みとカフェインに頭が冴えてくる。よし。
「はーっ……そう、そういえばお前さ。なんて名前だっけ? まだ聞いてなかったよな」
 途端に、不審そうな顔。え、俺訊いたっけ。いくら馬鹿でも一晩寝た男の名前を聞いていて忘れるはずがない。そいつは、しぶしぶといった様子で答えた。
「……月、です」
「月? 空に浮かんでる、あれ?」
 頭の中で反復してみる。月。やっぱり、この辺じゃ聞かない名前だ。
「浮かんで……まぁ、そうですね」
「ふーん。変な名前」
「悪かったですね」
「何だよ。変だけど、良い名前」
 俺がそう言うと、月はそのまま口を噤んだ。なんていうか、こいつっぽい名前だった。一人じゃ何もできない。背伸びしすぎてない感じが、好印象だ。俺の名前も聞きたそうに見上げてくるから、聞かれる前に答えてやった。
「俺、ヒナオっつーの。軍人やってます。つっても、最近戦争なんてなくって訓練と警備くらいしかすることねーけどよ。覚えて」
「……ヒナオ、さん」
「そうそう、気安く呼んでくれていいから」
 さて、どうするか。記憶もなく、俺のところで一晩過ごしたのがよっぽど堪えているのか、月は俺の名前と素性を教えてやっても緊張した表情を崩さない。そんなやつには、俺のとっておきの朝飯を食わせてやるしかない。こいつを食って喜ばねーやつなんていないはずだ。残り少なくなってきたが、一本くらいわけてやらなくもない。
「ほら、月! 俺の貴重な朝飯、お前にもやる」
 そいつを差し出してやると、月はちょっと引いた表情で受け取ろうともしなかった。失礼なやつ。口に突っ込んでやろうか。
「おい、ほら」
「は……な、なんですかこれ」
「あ? お前、んまい棒知らねーの? この辺で俺のちっせーときからある駄菓子。めっちゃうまい」
「……駄菓子は朝食になりません」
「え? そうなの? んまいのに?」
「味は、関係ないと思います……」
 そうなのか。月の故郷では、こいつを朝飯にする習慣はないらしい。勿体ねー。そういえば、俺の周りでも別にこれを朝飯に食ってるやつは見たことないな。
「んまぁ……お前がそういうならいいや。どっか適当なとこ食いに行こうや」
「あの……俺でよければ、作りますけど」
「え、まじかよ!?」
 月の申し出に、思わず大声をあげちまった。手作り料理とか何年振り? 数えると虚しくなるのでやめた。しかし、こいつが。
「お前……作ってくれんの? てか、料理とかできんの?」
「少しくらいなら、まぁ……泊めて頂いたお礼もありますし」
「裸で寝かされてたのに?」
 思わず軽口を叩くと、真っ赤になって反応した。可愛い。女みてーな可愛さは皆無だけど、なんか構ってやりたくなる。なんつーか、素直にこいつのことがもっと知りたいと思った。
「あーもういいや! 悪いけど、俺の家食材とか置いてねーから。買いに行くぞ」
「は!? いや、普通に常備してあるもので――」
「だから、ねぇつってんだろ! ぼさっとしてんな。俺選び方知らねーし。さっさと行くぞ!」
「ちょ、ちょっと! そうやってあなたは、」
「あ? なんだそれ」
 もたもたしているのを急かすように引っ張りながら、何だか月の言葉にイラっとして傍の壁に押し付けてった。もしかして、最近流行りの壁ドンってこれ? 怯えた様子が何かにそっくりだと思ったら、俺が大事に飼ってるウサギだ。身体が先に反応しちまったが、なんでこいつの言葉にイラつきを覚えたかやっと思い当った。
「あのさ。その『あなた』って言い方、他人行儀すぎ。鳥肌立つからやめてくんねー?」
「じゃ……じゃあどうしろって」
「名前で呼べよ、普通に。教えただろ」
「……っ」
「呼ばねーと、朝飯の代わりにお前を食っちまうぞ」
「……ひ、ヒナオさん」
「ん。それでいい」
 あー俺、なんで食っちまうとか言ったんだ。アホか。でもまぁ、名前で呼んでもらえたから結果オーライ。満足だ。いつか、本当に食っちまうかもしんねーけど。
「あー! すっきりしたわーよかったよかった。んじゃー行くか! 昼飯も作ってくれるんだろ?」
「ちょっと、勝手に決めないで下さい!」
「あーその敬語もちょっと直ったらいいんだけどなぁ? 堅苦しくて息詰まるわ」
「でも……ヒナオさんの方が、年上に見えますし……」
「んなのどうでもいいって。ベッドを共にしちゃった仲だし?」
「だから、それは――!」
 扉を開けると、俺の愛する街が朝日に染まっている。その光に手を翳す月の姿を見て、何だかこのまま消えちまいそうな気がした。見たところこいつは、一人で生きていけるやつじゃない。
 仕方ねえ。とりあえず、当分の間はこいつの手を離さないことに決めた。


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